2003年度 第2回「醤油名匠」受賞者
― 和食一般部門 ―

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◆ 大賞受賞者のご紹介

朝倉 輝良 氏[上杉伯爵邸 総料理長/山形県米沢市]

朝倉輝良氏  伝統ある郷土の料理に基づき、その土地ならではの旬の素材を使い、新しいアイデアを加えて作られた料理。 複数の醤油を使い分け、現代に合った味付けにアレンジしたその創造的な手法が選考のポイントとなりました。 この郷土料理、もとは200年前、米沢藩主の上杉鷹山が領民を飢餓から救うために考え出した食の手引書「かてもの」(主食に混ぜて炊くものの意)に書かれていたもの。 干し鱈を砂糖、みりん、そして淡口、濃口醤油でしっかりと煮て、鱈の旨味を引き出します。 干し鱈や干しこんにゃくなど保存食を巧みに使い、質素だけれど、栄養価の高い素材をうまく組み合わせたアイデアは抜群。多彩な料理の中でひときわ光っています。

[プロフィール]
1964年、山形県長井市生まれ。東京、銀座の天ぷら店等で修行し1992年上杉伯爵邸に入り、のち総料理長。
[連絡先]
【上杉伯爵邸】山形県米沢市丸の内1-3-60 TEL:0238-21-5121

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◆ 山形県代表のご紹介

朝倉 輝良 氏[上杉伯爵邸 総料理長/山形県米沢市]

 第1回醤油名匠の大賞は、山形県代表の朝倉輝良氏がみごと受賞しました!


醤油名匠を訪ねて ― 山形県米沢市 ―

鷹山公の志を今に生かす自由な発想の醤油遣い

上杉鷹山公銅像  山形県南部、米沢盆地の中心地、米沢。江戸時代ずっと上杉氏十五万石の本拠地であったこの城下町が今日あるのは、 ひとえに十代藩主・上杉治憲(号、鷹山)のおかげだ。
 滅亡の瀬戸際にあった貧乏藩の藩政改革を断行。大倹約令を出して自ら範を示し、殖産興業に努力し、見事に藩運を挽回した。 いまなお有名な米沢織も鷹山が縮役場を開設し、藩役人の管理のもとに、下級藩士の婦女子の手内職として奨励したのが始まりである。
 藩校・興譲館を設立して人材育成に努める一方、農業技術・生活指導にも熱心で樹芸役場を設け、漆・桑・各百万本の植立てを推進した。 その信念、発想、行動力のどれを取っても、(ああ、いまこそ、この人に日本の首相になってもらいたかった……)と思わずにはいられない名君だった。

「かてもの」復刻版  鷹山公の遺徳を伝える一つに「かてもの」がある。凶荒の非常時に備えて身近な山野草の食法を具体的に教えた手引き書だ。 歴史に名高い天明の大飢饉で奥州諸藩がどこでも何万人もの餓死者を出したとき、米沢藩だけは領内から一人の餓死者も出さなかった。 鷹山が配布したサバイバルガイドが領民を救ったのだ。
 その「かてもの」に脈打つ鷹山マインドを土台として、米沢は独自の食文化を育み、多彩な郷土料理を編み出した。
 この土地ならではの自然の恵みと、長い冬場に欠かせない保存食の知恵を巧みに組み合わせた料理の数々は、 決して贅沢ではないにもかかわらず、しみじみと心に残って忘れ難い口福の一世界を創り出している。

上杉伯爵邸外観  それを上杉伯爵邸の「献膳料理」で味わうことができる。 上杉伯爵邸とは、その名の通り、上杉家十四代茂憲伯爵のために建てられた屋敷で、総檜入母屋造り銅板葺き。 東京浜離宮に倣った広大な庭園を有し、国の登録有形文化財の指定を受けている。
 料理長・朝倉輝良の手になる献膳料理には「雪」「月」「花」の3コースがあり、季節によって当然内容は変わるが、 「雪」の献立の一例を記せば次の通りだ。すなわち、冷汁(ひやしると澄んで読む)、山菜、うこぎの切和え、棒鱈煮、 にしんの味噌煮、塩引寿司、うこぎ御飯、山菜汁、おみ漬け、胡桃寒天の計10品。
 米沢名物といえば第一にその名が挙がる冷汁といい、海から遠い雪国の保存食の知恵の典型ともいえる棒鱈煮といい、 朝倉輝良のそれは濃口と淡口、2種類の醤油それぞれの特徴を生かした味つけに間然する所がなく
(ああ、さすが第一回醤油名匠大賞に輝く料理人だ……)
 と、理屈抜きで納得させるものがある。

朝倉輝良氏  満ち足りた口福の余韻にひたりながら、私は無条件で料理長の技に脱帽し、食膳に最敬礼をした。 「ごちそうさま。ありがとうございます」と、自然に口をついて出た。
 そこへご当人が現れて、「いかがでございましたか」上杉伯爵邸料理長という肩書きから白髪の老料理人を想像していたから、 思いのほか若いのにおどいた。
 朝倉輝良、昭和35年生まれ。米沢に近い長井のラーメン屋(いまは蕎麦屋)の次男坊で、物心ついた頃から料理人以外は頭になく、 高校は当時県内唯一の「調理科のあるところ」に進学。卒業と同時に上京し、銀座の高名な天ぷら屋で修行5年。
 その後、帰郷して家業を手伝っていたが、平成4年、上杉伯爵邸に入り、わずか数年にして四代目料理長である。 正統の日本料理一筋ではないだけに、「伝統的な決まりにあまりこだわりがない」と料理長はいう。 だから材料の選択でも調理法でも、約束事にとらわれない自由な発想ができる。
 その好例が棒鱈煮だ。もともと、この地では淡口醤油は無縁のものだった。 それを自分流のレシピで、濃口と淡口を併用する煮方を考え出した。 仕上がりの色を上品に保つと同時になじみやすい味わいを引き出すための工夫であった。
「いや、あの棒鱈煮、見た目は地味すぎるほど地味で何のケレンもないが、食べて思わず居ずまいを正しました。恐れ入りました」
「棒鱈煮については私、ちょっと自信を持っているんですよ」
「大賞の醤油名匠ならではの逸品です」
「思いもかけず、あんな凄い賞を頂いて、いまはそれがプレッシャーで……」
と、醤油名匠は生真面目な顔でいった。
 醤油を入れたら、その先は長く煮込まず、煮立ったところで蓋をして火を止め、 そのままじっくり味を含ませることで素材の味と醤油の味のバランスがよくとれる。これが棒鱈煮に限らず朝倉流醤油遣いのこつと教わった。
 上杉伝統の郷土料理は決して贅沢料理に非ずと書いたが、帰りの新幹線の中で思った。いまの時代、これに勝る贅沢はない……と。

文:佐藤隆介/撮影:飯田安国


受賞料理のご紹介

◆ 献膳料理。いま、飽食の時代にこれが一番の贅沢かもしれない。

棒鱈煮・芋煮・冷汁
[棒鱈煮]
海の無い米沢で珍重された棒鱈を戻し、だしと淡口醤油と濃口醤油等で煮含めた。
[芋煮]
さと芋と米沢牛を使い濃口醤油等で味つけ。
[冷汁(ひやしる)]
「冷汁」はもともと陣中料理で、戻した凍みこんにゃくやゆで野菜に醤油味の汁をかけたもの。現在は冠婚葬祭や晴れの舞台に出される。

「棒鱈煮」の作り方

棒鱈煮
棒鱈煮の材料
材料(10人前程度)
棒鱈 1/2本(約330g
出し汁 900cc
90cc
砂糖 90g
みりん 65cc
淡口醤油 65cc
濃口醤油 90cc
  • 1.水を替えながら4〜5日かけて戻した棒鱈を食べやすいように一口大に切る。これを水から下ゆでし、よごれやうろこをきれいに取る。
  • 2.下ゆでした棒鱈を鍋に入れ、出し汁、酒を入れて弱火で2時間ほど煮る。
  • 3.砂糖、みりんを入れ、ひと煮立ちしたら淡口と濃口醤油を入れ、煮立ったらふたをして、火を止める。
  • 4.そのまま一晩おいて、でき上がり。

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(資料提供:しょうゆ情報センター


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