1、小野川温泉の概要山形新幹線で東京から約2時間、米沢市街から約4キロの山間に小野川温泉がある。 地名は平安初期の女性歌人小野小町に由来し、小野小町開湯の伝説を持つ。そして戦国期には伊達政宗に、その後は上杉鷹山に愛され、米沢藩の奥座敷として栄えてきた。温泉は開湯1200年あまりの歴史を持ち、泉質は「含硫黄塩化物泉」で、ph7.2、泉温83度、毎分最高1500リットル(一本の源泉から)の湧出量を誇る体の温まるラジュウム泉として知られている。また最近の調査では、源泉から放出されるマイナスイオンの量が日本でもトップクラスで、泉質そのものも非常に還元性が高いことが確認されている。 温泉街は最上川の源流「大樽川」沿いにあり、渓流釣りや川遊びの基地として、また温泉街周辺はゲンジボタル・ヘイケボタル・ヒメボタルなどの自然生息地として知られ、環境省「ふるさといきものの里」にも指定されている。 温泉街には周辺部を含め168戸、600人弱の住民が暮らしているが、観光に携わっているのは約3割ほどである。 町並みは、17件の宿泊施設と15〜6件ほどの商業店舗、それと農家や一般住宅などが混在し、生活と温泉の結びつきが強い。古くからの共同浴場が2件あり、農業では冬の積雪2メートル弱の農閑期に、温泉熱を利用し「もやし」・「アサツキ」の栽培をしている。 |
2.観光客入込み動向・宿泊稼働状況の推移小野川温泉は平成4年の25万人をピークに減少傾向が続き、平成13年度には11万人まで落ち込んでいる。これは1990年代以降のバブル経済の崩壊に伴う不況の影響と、近年の旅行形態の変化、団体旅行から圧倒的に個人や小グループ旅行へと移行した影響を受けている。たとえ満室であったとしても、定員ベースでみた場合、よくて3割、5割減にもなることがある。小野川温泉の客層の大部分は、約7〜8割が地元客であり、それも比較的年齢層が高く、女性客が多い。地元に愛されてきたといっても、限られたマーケットでは客数の減少はいかんともしがたく、だからといって対外的な知名度もなく、源泉の効能と身近な温泉というだけでは限界があり、打開策を探る状態が長く続いてきた。 |
3.観光地作りのコンセプト危機感を抱きながら打開策を探る状態が続く中で、JR東日本とJTBからの観光地開発のオファーを受けた。何よりもやる気と熱意により地域住民の意識を変えていくことが第一歩であり、お金をかけた「ものつくり」から始まるものではないということが、小野川温泉が提案を受けた一番の理由である。最初に観光地開発に伴う予算の話から始まると、業種や施設の規模による分担金などの問題から足並みが乱れがちになり、地域が一体になっての開発は難しくなる。その点今回の提案は地元の熱意がすべてであり、自分たちのできることからスタートするということで、地域のコンセンサスを得ることができた。そして企画立案や具体的活動の中心となる組織に、23年前から行ってきたホタル祭りの実行委員会が受け皿になることで、スムーズに動き始めることができた。それにこの「ほたる祭り実行委員会」は、宿泊施設と商業関係者の若い人たちの集まりである青年部で組織し、観光と直接関わりのない業種であっても協力関係を保ってきたことが、今回の「まちつくり」に生かせることになったのである。それでいざ動き始めてみると、自分たちの地域のことが分かっているようで分かっていない。また、お客様に小野川温泉のどこが評価されているのかさえしっかり見えていないことに気がついたのである。そこで、地域を「知」り、観光に「知」恵を絞ろうということから小野川温泉観光「知」実行委員会と名付け、「ものつくり」の開発からではなく、意識の改革から取り組むことにしたのである。真に必要なのは地域の人々の地域に対する想いであり、考え悩み、ともに汗をかくことであるとの認識からである。 以上のことから、小野川温泉観光地実行委員会の方針として 1 議論は徹底的に 2 情報はすべて公開する 3 全員で役割分担を 4 地域一体を心がける 5 スピード感を大事にする この5つのことを心がけることにし、様々な方法で方針の浸透を図ってきた。 (1)議論を徹底的にするために、事前にEメールのメーリングを利用し、会議のレジメや主題をあらかじめ流しておき、出来れば問題点などをメーリングの中で意見交換しておくことで、会議にスムーズに入れ、なおかつ意見が飛び交う活発な会議になる。たとえ会議が長引こうとも、結論が出るまで会議は終わらない。 (2)何よりも大事なことは、情報をオープンにすることだという想いから、会議のレジメや議事録はメーリングやファックスを利用して、会議に出席できなかった会員にも読んでもらうように心がけている。説明責任については地域の中で利害を超えて協力する場合、もっとも大事な点であるとの思いからである。 (3)会員の中には観光に直接関係のない職種の方もいるし、現在の職に就く前に、様々な経験をしてこられた方もいる。異業種間、世代間の協力が得られたことが幅広い活動を行う上でとても有効だった。何よりも自分たちがそれぞれ役割を分担したことで、行動がスムーズに行えたこと、責任を共有できたことが大きい。 (4)地域全体で取り組まなければ、ホスピタリティー溢れるまちつくりは難しい。わずか3割ほどの観光従事者が取り組めることはたかがしれている。温泉地とはいえ、人々の生活があり、まちなみがあり、それらを取り巻く自然環境があって地域の魅力を醸し出している。観光は地域全体を楽しむものであり、地域全体の人々の営みや自然環境の上に成り立っている総合産業であることを考えれば、地域全体で取り組むべきコンセプトを考える必要がある。魅力ある地域作りをすることが結果的に観光の振興に結びつくものであることを考えて、「魅力的で誇りの持てるまち」・「帰ってきたくなるまち」そして「住んでみたいまち」を目標に「まちつくり」を始めたのである。このようなまちつくりのために、観光産業が手段になれればいいし、次の世代が喜んで引き継いでくれるようなまちつくりが出来たら、観光客にも喜ばれる温泉地になれるとの想いである。 (5)実行計画を決め、行動に移すにしても、大事な点はスピードだと思う。まずは行動を起こすこと、出来ること、出来る人から始めることによって、意識を変えることが出来るとの思いからである。地域住民はじめ地域の振興に関わるあらゆる想いを、一緒に考え悩み議論し前に進むためには、ともに体を動かし汗することが必要であるし、何よりも自分たちの意志で始めなくてはならないと思う。その意味で最初から行政を当てにしてはならないという想いがあった。「まちつくり」において行政の支援が必要なことは、疑いようがないことである。ただそのことと今までのともすれば行政依存型開発、悪くいえば他人依存になりやすい傾向のもと、タイミングのずれた計画や身の丈に合わない計画に縛られてしまうことがある。何のことはない、自分たちが考え行動しなければならない、自律から自立へという地域の想いがなかったからに他ならない。地域作り、特に観光面でいえば、実行計画はタイムリーでなくてはならないし行動はスピーディーに運ばなければならないものである。お客様の前にぬるいお茶、気の抜けたビールをお出しするわけにはいかないのと同じである。今後については、町並み景観や自然景観など行政の支援があって初めて出来る計画に取り組まなければならないが、長期ビジョンのもと、方向を見据えた上で連携を図らなければならないし、良好な人間関係と豊かな自然環境が、ホスピタリティー溢れるまちをつくり、引いては観光に活かされるという想いで、まちづくりを進めなければならない。 |
4.JTBやJR東日本とのコラボレーション による効果小野川温泉が「まちづくり」に向けて前向きに考え行動できたのは、JTBとJR東日本のオファーがあったからに他ならない。そのJTB、JR東日本では平成8年度より「若手勉強会」を開催していて、平成12年秋に第3期JTB&JR東日本若手勉強会がスタートした。その「若手勉強会」が、JTBの企画力・販売力、JR東日本の輸送力という両者の強みを生かした観光地開発に、そこに住む人、まち全体の生活や文化を生かした観光地作り、ハード偏重ではなく地域のホスピタリティーを基礎としたオンリーワンの観光地作りを目指し、その対象地として小野川温泉を選んだのである。そして、後に「小野川温泉観光知実行委員会」となるメンバーと「若手勉強会」が最初に会議を持ったのが、平成13年4月9日だった。 席上、今回のプロジェクトの説明や今後のスケジュールなどの意見を交換したが、降ってわいたような幸運がすぐにはとても信じられない思いだった。 だが、5月中旬までにお客様をお迎えするための様々なアイディアを練り、全体の企画を立てるために連日会議を開催し、6月の宣伝物の作成(ポスター・パンフレット等)、7月下旬の商品発売(平行して駅・社内ポスターなどの宣伝展開)、9月の送客開始までのタイトなスケジュールに追われることになった。結果的にはこのスケジュールに追われたことが、良いスタートにつながったのである。特に最初の一ヶ月、大型連休が間にあるために委員会のメンバー全員が集まることが出来たのは僅かしかなかった。そこを補ってくれたのが、すでに運用していたメーリングだった。また集まれる日の少ないことが、結論が出るまでの時間を忘れての議論につながり、計画を実行するまでのスピードにつながった。小野川温泉の取り組みのスタイルは、ほとんどこの時期にできあがったものである。 小野川温泉の企画のコンセプトは、まち全体でお客様をお迎えすること、そのためにホスピタリティー溢れるまちづくりを目指すことである。その具体的プランとして、「夢ぐりプラン」、「そぞろ歩きお休み処の設置」、「どこでも出前」、「無料レンタサイクル」「朝市」、「温泉街散策マップの作成」などで、観光従事者に限らず、地域の方々の知恵と汗によるものである。 「夢ぐりプラン」については、15件の宿泊施設と2件の共同浴場が参加し、1000円の入浴手形を購入していただくと、3カ所のお風呂めぐりが出来るというものである。入浴手形については、小野川温泉の民芸工場が独楽の生産日本一であることから独楽をそのまま手形にして、お帰りの際に無料で色つけ体験ができるというものである。この独楽の売り上げから必要経費を差し引いたのが、観光知実行委員会の活動費になり、お客様が各宿泊施設のお風呂めぐりをすることで、温泉街がにぎわうことになり、活性化に繋がった。何よりも自館以外のお客様に対しても、小野川温泉にお出でいただいた大切なお客様としておもてなしをすることで、意識の高揚に繋がっている。独楽の入浴手形については、初年度販売目標1000個に対し、3200個の販売実績を上げている。 「そぞろ歩きお休み処」については、まちの所々にベンチを設置してるだけであるが、近くのお店の方が湯茶の接待をしているところもあり、町歩きのお客様が多くなった。 「どこでも出前」は小野川温泉地内を流れる最上川源流「大樽川」沿いの出前ポイントに、米沢ラーメンなどを出前するサービスである。出前ポイントにはメニューがおかれ、携帯電話による注文で配達するだけのことであるが、私たち自身が作業の合間に自然の中で食事することの気楽さや気持ちよさを感じていたことから、お客様にもと思い始めたものである。思いの外好評で、冬期間のかまくら内でも始めることにした。 「無料のレンタサイクル」については、地元の自転車屋さんに運用と維持管理等をお願いしている。 「朝市」については季節の地元産物などの販売であるが、時々みそ汁等の振る舞いなどがあり、地域の人とお客様との交流に一役買っている。 このほかにも季節メニューなどがあるが、どれもお金をかけずに地域の方々の心意気で成り立つものばかりであり、観光従事者だけでなく地域に住む様々な職業の方、子供からご年配の方々までの協力があってこそ成り立つものばかりである。 こうした地元の取り組みに対し、JTB、JR東日本からは、首都圏500カ所の駅にポスターを、さらに中吊り広告などで数千万円に及ぶ広告費の支援があった。 また、小野川温泉の様々な取り組みに対して、意見の交換を重ね、アドバイスを送り続けてくれたことが、地域の独りよがりにならない「まちづくり」を行う上で、計り知れない効果があった。特に「まちづくり」において大事なことは、住民にとって誇れるふるさとを作り上げることや自分たちの気づかない地域資源の発掘と地域の景観作りを行うことだとすれば、外部からの意見はとても重要な意味を持つ。それは、地域として何を磨き上げなければならないかの判断を、地域の自己満足で終わらないためにも、お出でになるお客様の視点で考えなければならないからである。また持続可能な観光としてのまちづくりを行うためには、マーケティング戦略が必要で、JTB・JR東日本のノウハウによるものが大きい。 今回の共同プロジェクトで商品化されたのは「湯あみ旅情」という商品である。JTBやJR東日本にとって今回のプロジェクトの成否は、「湯あみ旅情」が売れたかどうか、ヒットしたかどうかが判断の基準になる。地域にとって「湯あみ旅情」という商品は、「まちづくり」の手段であって最終目標にはなり得ない。というのもJTBやJR東日本と契約している旅館は、わずか3分の一ほどであり、「湯あみ旅情」での集客力がエネルギーとなり、まちづくりを行うわけであるが、実際には契約旅館が先行して利益を得る形になるからである。つまり「まちづくり」を推進するためにはみんなの協力が必要であるが、果実は平等にはなり得ないし、小野川温泉が発展するにしても、個人の自助努力無くしては個人の発展には繋がらないのである。言い換えれば、「まちづくり」は民主主義で行うが、結果は自由主義経済であるということである。観光による「まちつくり」において、みんなが平等に果実を分けることが出来るなんてことはあり得ない。こんなことは当たり前のことであるが、当たり前のことを当たり前に話しておくことが基本ではないだろうか。言いづらいこと、誤解を受けやすいことを避けてしまうと、後に大きな亀裂を生じてしまうことになるからである。小野川温泉の場合、まがりなりにも「まちづくり」に参加することの意義、楽しさを感じることができたばかりか、今回のプロジェクトの評価が、地域の人々の自信となっている。大事なことは持続可能な観光を目指すことであり、将来のビジョンを示すことであり、地域住民が納得出来る説明をしておくことにある。 今回の「まちつくり」を共同プロジェクトの実績としてみた場合、平成13年度の小野川温泉全体の観光客数は11万人(対前年比0、4%減)で横ばいとなったが、「湯あみ旅情」の発売された9月以降は4、5%増で、長い間の減少傾向に下げ止まりが見られた。平成14年度も同じように推移しているが、観光客全体を見た場合、宿泊客は増加傾向にあるが、日帰りや自炊客は減少している。 また、「湯あみ旅情」の実績では、集客数の一番多いのは秋の行楽シーズンではなく、1月〜3月の冬の時期である。(図参照)これまでの小野川温泉は、冬期間はシーズンオフで、集客手段を尽くしても思うような実績に結びつかなかった。それは雪が多く寒いことで、お客様が来ないのだろうと思っていただけのことで、冬景色の幻想的な雰囲気、雪景色や冬でなければ味わえないものなどの情報をしっかり発信していなかったからで、雪国に対するお客様のニーズを把握していなかったからに他ならない。 お客様の楽しみ方が変わってきた。そぞろ歩きを楽しまれるお客様が増えてきたのである。実際の入り込み数は、まだわずかな増加に過ぎないが、町のにぎわいが戻ってきたことがモチベーションになり、「まちつくり」の動きがより前向きになってきたのである。
このように今回の企画は、小野川温泉に幅広い視点とお客様の新しい流れをもたらしてくれた。単なる「まちつくり」ではなく、観光を手段とした「観光による地域作り」という、新しい取り組みによる三者の共同プロジェクトであることが話題になり、多くのマスコミに紹介された。今までほとんど知られていない温泉地だったことが、ニュース価値を高めているのかも知れないが、地域では、マスコミによる視点で新たな地域の課題を見つけることが出来たのである。
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5.今後の温泉地作りに向けて小野川温泉は、「まちつくり」に向けていいスタートが切れた。とりもなおさず、それはJTB&JR東日本若手社員勉強会のおかげである。地域の思いを受け止め、一緒に考え悩み知恵を出し行動してくれたことにより、地元の主体性を重んじ創意工夫を引き出してくれたからに他ならない。今後の継続的な取り組みと、地域の発展を考えれば、地域に人材を育てることや集めることが重要になる。地域交流人口を増やすことは、その意味で特に重要なことである。 小野川温泉に関わりを持つ人を増やすことで、地域の活性化を図り、小野川温泉にお出でになる人々の想いやニーズに応えることで、地域の人々が育つのである。 一昔前の温泉地は温泉ばかりでなく、人々の想いや笑いで溢れていたような気がする。旅館は旅籠と呼ばれ、お客様同士の話も弾み、それこそ様々な情報が集積し発信された拠点でもあったはずである。心や身体を癒すことはもちろん、新しい文化にも触れることが出来たに違いない。古い歴史を持つ温泉地は、いつの時代か、それなりの役割を果たしていたのである。昔出来たことを、今出来ないだろうか、小野川温泉のこれからの課題である。 第二に、地域全体の活性化を図るために、観光産業として何が出来るのだろうか。観光が地域の産業、人々の生活、町の景観や自然環境などの上に成り立っている総合産業であることを考えれば、観光客が増えたことによる経済効果だけでなく、自然環境に対しての配慮も必要になる。 小野川温泉が取り組みの一つとして考えているのは、旅館や商店から生ゴミを集め、コンポストにし、これを近くの農家で有機農法により、安全でおいしい農産物を供給していただこうというものである。地域内の畑や田圃で栽培されることで、新鮮な食材が手に入り、お客さんは目で見える安心感を得ることが出来ると思うのである。 第三に、地域の情報の集積と発信の機能を充実させることである。すでにインターネット関連では、年末に独自のサーバーを立ち上げた。これで独自の運用が可能になり、共通のデータベースを通して情報を共有化し、まちつくりに必要な連携やアイディアが生まれるものと期待してのことである。もちろんすべてが手作りで、格安なのも魅力である。 今たとえて言えば、小野川温泉は「まちつくり」という舞台の上で、みんなが右往左往し苦労はしているが、楽しんでいるような気がする。客席にいるよりは、絶対舞台の上がいい。そして、同じことの繰り返しでなく、常に新しいものを心がけるのが舞台に立つものの努めだろうという思いである。 |
6.終わりに小野川温泉の真価が問われるのはこれからだろう。いろいろな方々のご厚意とご協力があってこその「まちつくり」である。期待に応える努力は、惜しまないつもりである。最後に、大きな機会を与えてくれたJTB&JR東日本若手勉強会の皆さんに感謝しておきたい。 |