寛永18年に米沢の北にある窪田で病害虫が発生し、米の収穫がほとんど望めない状態になったとき、作神であった保呂羽堂(ほろはどう)の縁の下の砂を田に蒔くと病害虫は無くなり、凶作を免れたという言い伝えがあります。村人は感謝の意を込め収穫した米で餅をつき、保呂羽堂に供えたのが始まりといわれています。 毎年12月4日に、氏子の若者たちが下帯姿で餅をつき参詣の人々に振る舞うにぎやかなお祭りです。つき上がった餅をかけ声とともに天井にくっつけ、天井のススがついた餅ほど御利益があるのもだそうです。